いちとよのスーパーカブカスタム 約1ヶ月半目の報告
2021.4.29
どうも、いちとよです。
スーパーカブ50カスタムを納車しておよそ1ヶ月半が経ちました。いくつかモノを付けたりグッズを買ったりしたのですが、いちいちここに書くのも面倒だな…と思ってしまっていたので、今回まとめて紹介したいと思います。その前に、今のくろがね号の状態をお見せしますね。
今はこんな感じです。買ったばかりの時と比べてパーツが少し増えましたよね。それでは各々紹介していきます。
まずはリアキャリアの上に載ってる箱。こちら、カブ主の中ではおなじみホムセン箱です。何故かカブ主の家には当たり前のようにドリルがありますが私の家にはないのでベルトで固定してあります。下には一応ゴムマット的なものが敷いてあって、走行中にずれたりすることはまずないです。一度荷物を満載して走ったこともありますがまったくもって問題なし。ただベルトの劣化は心配なのである程度で買い替えが必要かもしれません。
大きさ的には、私のヘルメット(ZENITH SF-7 Lea WindsのXLサイズ)を入れて多少余裕があるくらいです。テント・寝袋・椅子以外のキャンプ道具と一眼レフとちょっとの食品位なら入る感じで、個人的には十分な容量かなという感じがしています。
次にフロントキャリアについているカゴです。これはホンダ純正のバスケット(08L73-KZV-J00ZC)です。キャリアはそもそも付いていたので、かごだけ買えばよかったのはカスタムのいいところですね。
実はそこまで荷物を入れたことが無いのですが、いちいち後ろの箱を開けるのがめんどい…ってときに手袋とかを投げ込めるのがいいかもです。あとは単純に、後の箱がいっぱいだけど荷物をもう少し積みたいってときに使えそうですね。
今回最後に紹介するのはレインスーツです。とりあえず近所のワークマンでレインスーツSTRETCH Perfectというのを買ってきました。どうも、使っていると1年くらいで防水性がなくなってくるらしいのですが、頻度にもよる(私は必要ない限り雨の日には乗らない)でしょうし、レインジャケットのわりには買い替えるのに惜しい値段というわけでもないので、その時考えましょう。
今回のグッズ系紹介は以上とします。実際の使用感やなんかは、次のキャンプの記事で書きたいところですが、キャンプにいつ行けるかがわからないので気長にお待ちを。
スーパーカブ50カスタムを入手しました
去る2021年3月18日、近所のバイク屋さんで見つけたスーパーカブ50カスタム(1995か1996年式)を納車してきました。今日まで記事を書けなかった理由は、任意保険の契約が済んでおらずあまり乗り回すことができなかった(走らないでギアチェンジの練習位はしました)ためです。
3月12日くらいに本屋に時刻表を買いに行った際「ゆるキャン△大解剖」という本をアウトドアコーナーで見かけて衝動買いしました。もともとアウトドア用のYouTubeアカウントを作って放置しているくらいにはキャンプが好きなのですが、ゆるキャン△のいろいろを知ってその熱が再び一気に燃え上がりました。ひとまずはアシの確保だろうということで、ネットでバイク決めとめぼしい車両探しを行い、今回の車にたどり着いたのが3月15日です。翌16日に車体を見に行き、一目惚れ・親に欲しいという意思を伝えると(最近バイト掛け持ちを始めたこともあって)あっさり許可が下り、17日に契約を済ませ、バイトが1日休みだった18日に納車された次第です。周りが驚く(自分も驚く)ほどのスピード入手でした。
以下、諸元をつらつらと書いていきます。出典はほぼここと実車のデータです。
車名・型式:ホンダ・スーパーカブ50カスタム(C50系、C50CMS)
年式:1995(製造年は不明)
カラー:カニンガムグリーンメタリック(G-141M)
燃料消費率:160km/h(!?)
最大出力:4.5ps/7000rpm
重量(装備状態):82.0kg
走行距離:12230km(おそらく真実な気がします)
カスタムということで、ギアは4段まである他、セルでのスタートもできます。ただし、うるさい上にバッテリーにもあまりよくないので、普段はキックでエンジンをかけるつもりです。
お値段は本体価格と登録費用、それに3年分の自賠責保険料込で138,530円。まあこんなものでしょう。
さて、私がこのカブで何をしたいか。それはズバリ、「キャンツー」でございます。
ゆるキャン△の影響ということでうすうす感じていた方もいるかもしれませんが、キャンプ場まで荷物を積んで行くのに自転車だけではちょっと無理があるんですね。水戸から涸沼とかその程度なら何とかなるかもしれませんが、例えば東海道を西に愛知まで行くとかだとエンジンがないと(特に箱根山あたりが)キツそうという気しかしていませんでした。せっかく運転免許を取ったのに、30万円の身分証明書じゃ悲しいよなということも原付購入に踏み切った理由のひとつです。
ちなみに名前は付けてあります。その名も「くろがね号」です。
文字色は便宜上黄緑になってますが、本来のイメージは車体の色のようなもっと黒っぽい緑です。由来はもちろんクロガネシティ車体の色。
【予告】あるものを注文しました。そのうち手に入ります。
2021.3.18
果たして私(備忘録的な感じでたまに読み返してます)以外にどれだけの人が私のブログを見ているのかわかりませんが、一度予告編というものをやってみたかったのでやります。今日、それなりに近くの某店であるものを注文してきました。そのうち紹介と、私の壮大(笑)な計画の記事を書きたいと思っています。
Coming Soon……
小旅行記:群馬へ
2021.3.10
春の青春18きっぷシーズンがやってきました。昨年同様、気軽に出かけることもできないような時世の中ですが、感染対策を継続したうえで消費していこうと思います。
緊急事態宣言が続いているということで南関東方面には行けません。これだけで、茨城からは北関東の中か東北方面にしか(18きっぷ単体では)行けないという惨状になっています。そのため最初の行先をどこにしようか難儀したのですが、前回水戸に帰るにあたって軽井沢を通った時に、「碓氷峠鉄道文化むらに行きたいな」と思ったことを思い出し、それも兼ねて群馬方面に向かうことにしました。以下、その旅の記録をつらつらと書いていきます。
4:40頃
今回の旅は、赤塚駅から始まります。小山に向かう始発列車が5時4分出発なので、家から歩いてきました。
今回の旅には青春18きっぷを使っていくわけですが、赤塚駅には始発の時間帯は駅員さんがいない*1ので、乗車駅証明書を発行してからインターホンで連絡し、改札を開けてもらって通ります。
水戸線直通の列車で、一路東西へ(2021年4月6日修正)。結局、そこまで多くの人は乗ってこないまま、1時間と少しで終点の小山に到着しました。
小山駅です。だいたい16分の乗り換え時間があります。
両毛線はおよそ2時間の長丁場となるので、ここでトイレを済ませます。新幹線の駅と言うこともあって設備もきれいですし。
さて、席が埋まらないうちに乗ってしまいましょう。この列車、通勤通学の時間帯と被り始めるので、意外と混むのです。9月に新潟に行った時*2の教訓を生かしていきましょう。
ちなみに、小山駅で18きっぷの1回目のところにスタンプを押してもらいました。
両毛線の列車は、約2時間かけて栃木・群馬の諸都市を小山・栃木・佐野・足利・桐生・伊勢崎・前橋・高崎とつないでいきます。時間が時間なので全線通して乗る人は少なく、これらの都市間で乗って降りていく人が多い印象です。
さて、高崎駅に到着です。なおこの写真は、すでに両毛線ホームから上越線・信越本線のホームに移動した後のものとなります。
うまく高崎線の列車が写らないようにすると、211系天国になって面白いですね。
ところで、私は直感で水戸駅ビルのエクセルと高崎駅ビルのモントレーがちょっと似ているなと感じたのですが、皆さまはどう思うでしょうか。どちらも現在はアトレの子会社が運営し、開業はそれぞれ1985年と1982年とわりと近めです。ついでに駅前にオーパがあるところまで同じです。
静岡駅前のパルシェ(1981年開業)も似たような雰囲気を感じるので、もしかしたら80年代開業の地方主要駅の商業施設付き駅ビルはどこもこんな感じなのかもしれません。
話を戻して、碓氷峠へ向かいましょう。高崎駅から211系の横川行きに乗り込み、揺られることおよそ30分、時々寝落ちしつつ横川駅へ到着しました。
かなしいですね。かつて軽井沢方面、新潟まで続いていた線路は完全に途切れてしまっています。信越本線自体も、しなの鉄道とえちごトキめき鉄道の区間を挟んで高崎-横川、篠ノ井-長野、直江津-長岡-新潟の3つに分割されてしまい、かろうじて「本線」と呼べる長さを持つのは3つ目だけになってしまいました。時代の流れとはいえ、少し寂しさを感じます。
少ししんみりした気分になったところで、本日のメインディッシュ、碓氷峠鉄道文化むらへ行きましょう。
まず目に入ってきたのはこちら、国鉄色の189系です。普段は車内が開放されているようですが、この日はコロナ対策で閉まっていました。
続いて、機関庫の中にいるEF63、通称「峠のシェルパ」です。実物は初めて見たのですが…ごめんなさい、現地でもそうでしたが「かっこいい」以外の感想が出てきませんでした。余談ですがこの「横川運転区号」のヘッドマークは由来がよくわからないそうで、上毛新聞の記事でも取り上げられていました。
次にこちら。EF63と似ていますが、横軽専用の補機であるEF63に対して、その前後(例えば、高崎-長野間)に直通して運用することができる本務機のEF62です。貨物列車や客車列車に使用されましたが、碓氷峠を通過する貨物列車の廃止と客車列車の電車化によって余剰が発生したようで、碓氷峠を通過する列車が電車化しても補機という仕事があったEF63の大部分よりも早く廃車になった車両が多かったようです。
EF62の奥のほうには、謎にヘッドマークが展示されています。下の2つ以外は碓氷峠に関係ないような気がするのですが、気のせいでしょうか。
屋外展示場の展示車両の中から好きなものを4種類ピックアップしました。左上から、特急牽引用の直流電機EF60、元常磐線用の交直流電機EF80、関門海峡専門の銀ピカ交直流電機EF30、北陸本線の主力電機EF70です。このうち、赤色の2形式は日本でここだけにしか残っておらず、EF30も本州で見られるのはここだけ、EF60も一つ目の完全体はここにしか残っていません。意外と唯一無二の車両が多いのです。
こちらは和式客車「くつろぎ」の「赤城」の車内です。本来は休憩室として使われているようですが、時世もあり「休憩なんてするな!」とばかりに机が立てられていたので、撮影だけ済ませて足早に去ります。
鉄道資料館に移りました。HOゲージの大型レイアウトがあるのですが、車両が皆妙に古いです。500系新幹線やスーパービュー踊り子、昔の成田エクスプレスなど今では改造されてしまったり引退した車両が堂々と走っていたり、サンライズエクスプレスが最新型であるかのように解説されていたりしました。
資料館の中には、電車でGO!の筐体が4種類も置かれていました。今まで見たことがあったのは、奥から2番目の高速編3000番台だけだったので年甲斐もなく興奮してしまいました。なお、プレイしたところ2駅でゲームオーバーになるという下手糞っぷりを見せつけてしまいました。
お土産に、いつも通りクリアファイルを購入しておきました。
この後、さっき見た機関庫をもう一周見直して文化むらを後にしました。
横川駅から再び信越本線に乗り込みます。
実はこの時、当初の予定よりも2時間ほど早く旅行が進行していました。何故か碓氷峠に4時間分もの時間を割くことになっていたのですが、2時間と少しで終わったので、予定を大きく変更することにしました。具体的には、信越本線で途中下車して寄る予定だった磯部温泉を取りやめて、より群馬の奥の方にある小野上温泉まで向かうという旅程に変更しました。
吾妻線方面の列車は高崎駅からも乗れますが、時間が少し開くと言う事で先に渋川へ向かっておくことに。水上行の列車に乗り込んで北へ向かうのですが、接続する八高線の遅れで高崎駅を4分遅く出発し、新前橋駅では強風で渋川駅と敷島駅の間が運転見合わせとなった影響で足止めを食らって遅れが10分に拡大しました。挙句の果てに渋川駅ではまだ先行の水上行がいたこともあってか自分が乗っていた方は渋川止まりとなり、私が降りた後に新前橋へ帰っていきました。自分は渋川駅での滞在時間が短くなるだけで済んだのが不幸中の幸いといえるでしょうか。
渋川からは万座・鹿沢口行きに乗って小野上温泉駅を目指します。ちなみに、車両は変わらず211系です。
渋川から4駅、約25分で小野上温泉駅に到着です。小さな駅ですが、わりとちゃんとした駅舎があり、駅舎が開いている時間であればおばちゃんが迎えてくれます。
駅から歩いて2分くらいのところに、日帰り温泉施設である「小野上温泉さちのゆ」があります*3。料金は滞在時間により変わるシステムで、2時間410円から1日1540円(いずれも一般料金)まで選べます。私は、電車の時間の都合もあって2時間410円を選びました。
泉質は、ナトリウム-塩化物温泉(アルカリ性低張性高温泉)で、源泉は46.8度です。暑い時期は加水をしているようですが、時期が時期だったので加水はしていないと思われます。毎分500Lの潤沢な量も確保できているので、循環と塩素の添加だけが行われているものと考えられます。久しぶりの温泉入浴と言うこともあって最高に気持ちのいいものでした。諸事情で写真はありませんが、施設も綺麗でしたよ。公式ページを貼っておきますが、そのうちリンク切れしそうな気もしますので変わったら貼り替えておきます。
大体2時間施設に滞在したのち、17時16分の高崎行で新前橋へ戻り、両毛線に乗り込んで小山まで帰りました。ちなみに、ここの2列車の間はほとんど眠り込んでしまっており記憶がありません。
殆ど、「気づいたら小山」といった感じでした。小山駅から水戸線に乗り込み、友部駅まで向かいます。
しばらくは人が乗っていましたが、笠間駅から先は貸し切り状態になっていました。まだ21時台であるはずですが、外出自粛要請の効果でしょうか。
友部駅で最後の乗り換えを行います。この時点で赤塚駅から家の方に向かうバスがないことが分かっていたので、水戸駅まで行くことにしていました。21:34の列車で友部駅を出ましたが、4分後に友部駅を出るときわに内原駅で追い抜かれます。
友部駅から水戸駅に着いたのは21:57のことです。今回の旅も無事に終わったことに感謝です。
今回の旅を通して、まだまだ知らない北関東の魅力を少しですが知ることができました。群馬方面には何度か行っていますが栃木は通過しかしていないので、栃木方面もいずれ行ってみたいところです。
今回の記事は以上になります。
ANA85便(東京羽田→名古屋中部) ミニ(?)搭乗記
2020.12.28
少し前に、下記のような記事を投稿しました。
この記事の結びに「1つの方法だけではなくていろいろな方法を探してみようと思う次第です。」という一節があります。実は、茨城から愛知への往路も、少し変な移動方法で帰りました。それが、記事にもあるANA85便です。今回は、小粒ではありますが搭乗記的なものを書いていこうと思います。どうでもいいこともたくさん書いてありますが、それが私のブログということでご了承いただければ幸いです。
15:30頃
私は、羽田空港第2ターミナルにいました。ここから、羽田発中部行きというかなりの近距離便に搭乗していきます。初めて行った羽田空港、私としては結構混んでいるなという印象でしたが、本来帰省ラッシュが起こる時期なのでこれでもかなり少ないほうなのかなと考えました。
なにか旅行感のあるものをということで、冷凍食品の自販機でフライドポテトを食べました。実はこの自販機で何かを食べるのは初めての体験で、19歳にもなって意外とワクワクしましたね。
順番は前後しますが、すでに荷物(中型のスーツケース)は自動手荷物預け機を使って預けてあります。この機械もすごくハイテクで、「うおおおおお!!」となっていました。男子って単純ですね。
保安検査場を突破通過したのち、70番ゲートに向かいます。70番ゲートは建物の端のほうにあり、保安検査場Cから制限エリア内に入って10分近く歩いてようやく着きました。遠い。
ゲート近くまで行くとUSBで充電できるポール?みたいなのがあったので、そこで充電しつつ搭乗開始時間を待ちます。
ここで搭乗機とご対面。A321neoです。普段はB737-800で運航されているこの路線ですが、年末年始は乗る人が(本来は)多いためか少し大きめの機材であるA321を使っているのでしょうか。確かに、人の乗り具合はB737-800だと満員になっちゃうか、若干足りないかも?って感じでした。たまにB767やB777で運航されている日もあるようです。
なんとこのうつけ者、機体番号をメモっていなかったため詳細なデータはここには書けません。本当に申し訳ない。
搭乗グループは1ということで、さっさと乗ってしまいましょう。
A321といえばモニターですよ奥さん!(←???)
ということで、席には個人モニターが完備されています。短い路線ですが、ちゃんとエンターテインメントも使うことができます。ちなみに、1席前にいたチビッコはディズニーだかなんだかの映画を見ていましたよ。
ちなみに私は、もっぱら現在地表示や情報を見て楽しんでいました。
さて、この便は夜のフライトで、昼の景色はあまり見えない代わりにキレイな夜景を楽しむことができました。
34R滑走路からの離陸だったので、いい感じに夜景を見ることができました。席は適当に決めたのですが、北向き離陸で西へ向けて旋回するときに下側になるA席を取ったのはいい選択だったといえるでしょう。
他の時間は、ほぼ真っ暗な空や海が広がっている中を飛んでいきます。
ドリンクサービスもちゃんとあります。位置的には甲府と中央アルプスの間くらいで来たと記憶しています。出発直後に気流の状態が悪くて揺れがひどい時間があったので、もしかしたら若干遅れたのかもしれませんね。
先ほどA席を取ったのが東京の夜景を見る上でいい選択だったと述べましたが、逆に着陸時は豊田・岡崎や名古屋の夜景を見ることはできず、豊橋の夜景が遠目に見えただけでした。
離陸してからだいたい50分くらい、本当にあっという間に中部空港に到着です。
短い路線ですがサービスもよく、大満足のフライトでした。
預けていた荷物を受け取り、ここまで来てようやく知っているところに出て安心しました。そういえば、スーツケースを持って歩いてみて初めて意識したのですが、本当に到着ロビーから駅まで段差がありませんでした。幾度となく来てはいますが到着したのは初めてだったので、すごいなーと思った次第です。
ここからはミュースカイで神宮前を経由して知立まで普通に帰りました。人身事故で若干足止めを食らいましたが、止まっていたのが岐阜方面で、豊橋方面はなんとか動いていたので、幸いにも十数分の遅れで済みました。
この短い便、次は逆行程も乗ってみたいです。願わくば、国際線への乗り継ぎで。
今回の記事は以上です。