A LifeWalker's Record

なんでもあり?なブロクです。基本的にはおでかけの記録を書いていきます。

「きんいろモザイク」のキャラの名前の由来になった京都市内の通りを全て巡ってみた その③+おまけ

この記事は、前回および前々回の続きです。まだご覧になっていない方はぜひそちらもあわせてご覧ください。

 

ichitoyo-my05.hatenablog.com

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 2020.8.26

条大宮バス停から再開です。ここから先は、各通りがどうこうというよりもどのようにバスを乗り継いでその通りにたどり着くかということばかりになってきますが、なにとぞご了承ください。

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四条大宮バス停6番のりばと、千本旧二条バス停

12:48(推定)です。千本旧二条バス停に着きました。確か市バスの55系統に乗ったはずですが、実際には6,8番のりばから出るバスならどの系統でも千本旧二条にたどり着けるようです。千本旧二条バス停から、「竹屋町通り」と書かれた看板を探します。右上のバス停の画像のちょうど対向のバスで隠れているあたりにあるはずです。その交差点から竹屋町通に入り直進、二条公園に突き当たったら右折、すぐに左折して二条城に沿って竹屋町通を東上します。二条公園から二条城沿いに歩き始めて3つ目に、入り口に駐車場とチェリオの自販機がある通りがあります。これが日暮香奈の苗字の由来、日暮通です。(ここまでに何回二条という言葉が出てきたでしょう!正解は7回でした!)

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日暮通入口 奥に向かっているのが日暮通

 例によって普通の生活道路といった感じでした。時間もないので、日暮通に関しては本当に訪問しただけでおしまいです。

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通りの名前がついた電話線の表記

せっかくなので連番で撮っておきました。これで一応歩いた証拠にはなるはず。

日暮通の解説を載せておきます*1

 

今回は、このまま竹屋町通を東上して堀川通に出て、堀川丸太町バス停から四条烏丸へ向かいます。ちなみに、日暮通と堀川通の間で大宮通の成れの果て猪熊通をもう一度見ることができますよ。

堀川丸太町バス停からは、急行101系統に乗ります。四条烏丸バス停Bのりばに到着です。この時点での時間は13:15です。

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Bのりばは烏丸通の上にあります。烏丸通はもちろん、烏丸さくら先生の苗字の由来です(次のバス停が烏丸松原なんて名前ですね)。通りの名前の看板は、四条烏丸の交差点にありました。

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綾小路通の看板

余談ですが、綾小路通はBのりばからすぐ南にあります。これまでの2回は、毎回ここから綾小路通を西に下り、猪熊→松原→大宮の順で歩いて阪急で烏丸に戻ってくるというルートでやっていました。今回は看板回収のみで済ませ、さっさと東へ行きます。烏丸通りの解説はこちら*2

さて、問題はここからです。本来はここから銀閣寺方面へ向かう32系統に乗れば白川通りへ行けるのですが、何を思ったか私は徒歩で東へ向かいました。この下調べ不足のうつけ者、なんと八坂神社の前の通り(実際は東大路通)を白川通だと勘違いしていたのです。見当違いだと気づいたのは四条河原町マクドナルドの中。「めっちゃ奥やんけ!」と気づいた私は、おとなしく四条河原町バス停からバスに乗ることに。バス停に着いた時点で14:09ごろです。時間かかりすぎ。

Hのりばから5系統のバスに乗り込み、揺られることおよそ15分程度。東天王町バス停で降車します。このバス停は白川通の上にあります。大宮勇の友人・白川湊の苗字の由来です。天王町というと若干のトラウマが蘇りますね

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天王町交差点(奥に行くのが白川通) 看板も当地にある

つまり…ここにきてようやく、きんモザのキャラの名前の由来になった通りを全制覇です!あしかけ3年、3度目の正直!ついに成し遂げたぞ!!!時刻は14:29、出発地点の桂川駅を出て4時間4分が経っていました。いろいろありましたが、傍から見ればただ道を回ってきただけなのにこんなに喜んでいる人間はさぞ怪しく見えたことでしょう。おっと、白川通の解説も忘れずに*3

京都駅へ戻るには乗ってきた5系統の逆行きに乗るか、急行100系統に乗ると楽です。私は100系統に乗り、だいたい30分くらいで着きました。

今回のこの巡礼?の感想ですが、分かり切ったことではあるのですが夏にやるものではなかったですね。

冬に見る方もいると思うので本編中ではあえて言ってきませんでしたが、馬鹿みたいに暑いです。特に、その①にある「桂川駅~久世橋~西大路駅」がキツかったです。

そのことを差し引けば、寺社とは異なる京都の一面が見られてとても面白いですよ。何よりモザラーとして箔が付いた…???ような気がします。ぜひ皆さんは、もっと歩きやすくて風景もきれいなにやってくださいね。

京都市内の通り巡りは以上になります。これ以降は完全におまけです。

帰りに、京都から2駅名古屋方面に行った大津に寄りました。寄ったというか、最初から目的の1つでもありました。何が見たかったかと言いますと…

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 まあこれですわ。京阪京津線。最初に列車と遭遇した時は「実在したのか…」と目を疑いましたが、どうやら大津の人々にとっては日常風景なようです。なんか興奮しながら写真を撮っているストレンジャーな私は、さぞ不審に写ったことでしょう。

…おまけは以上です。その①、その②に比べて異常に(文字数的に)長い記事になってしまいましたが、ここで本記事およびシリーズを終わりといたします。お読みいただきありがとうございました。

 

*1:日暮通は、特に何大路とか何小路とかだったわけではないようです。名称はかつて沿線にあった豊臣秀吉の邸宅・聚楽第の正門「日暮門」に由来します。南の起点は竹屋町通、北の起点は中立売通りと短めの通りです。ところで、日暮通のペアといえる松原通も、秀吉との関連がありましたね。でき過ぎた偶然……なのでしょうか。

*2:烏丸通は、かつての烏丸小路にあたります。北は今宮通から南は久世橋通まで、京都中心部を貫く大通りです。地下鉄烏丸線がほぼ全線にわたり地下を通っています。京都駅の駅前通りとしての役目ももつこの通りは、現在の京都のメインストリートといえるでしょう。南の起点は「久世橋通烏丸」という先生ペア推しにはたまらない名前の交差点となっているので、気になる方は一度行ってみてはいかがでしょうか。

*3:白川通は、京都市内の名有りの通りの中では2番目に東側にある通りです。特に何大路だったとか何小路だったとかはないようです。主要な通りの一つで、一応ファッションストリートらしいのですが、今回行ったのはかなり南の外れだったのでどちらかというと落ち着いた通りといった感じでした。名称は鴨川の支流白川に由来します。